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歴史の表現方法

2010/03/08
文化人類 0
本日「平将門」関連のお芝居を見に行くので、日本の歴史をまったく知らない私は平将門の史実をおさらいしようとその手の資料をネットで見てみたのですが、なぜかまったく内容が頭に入りません。

学校は理系に進みましたが、自分の根っこは文系です。
高校でも古文や現代社会や世界史は割りと好きでした。特に現代社会は大好きでした。
先生が魅力的だったのもありますが、今まさに生きてる学問を学んでいるようで楽しかったのを覚えてます。

いちお高校1年では歴史っぽいものを学んだのですが、何を学んだかまったく覚えておらず、その後理系コースに進むと残念ながら「日本史」を学ぶ機会はなく、きちんと時間をかけて日本の歴史を学ぶような機会はその後一度もありませんでした。

しかしこの性格なので、自分でも興味を持って歴史にはまるようなことがあってもよさそうだったのですが、今までいかにもな歴史本にはまることはありませんでした。
(博物館で歴史ものを見るのは好きですし、戦中、戦後史には多少はまったことがあります。「我が闘争」も最初の方だけ読んでみました)

その理由がこの「平将門」の資料を追ってくことで分かりました。

「平将門」ウィキペディア


読まれてみていかがでしたか?

つまり、数ある文献が読み手にある程度の「知っていて当然の事実」として解説されていることに原因がある気がします。

単語も難しいし、解説にも関わらず文章そのものが分からない。
大げさに言うと辞書を片手に英語の文章を読んでるような気分です。
せっかく解説してるのになぜ21世紀の表現に合わせないのか。
きっと現代の表現に合わせるとその史実までもが色あせるように思えるのでしょうかね?

このウィキペディアの文章を見ると、読み手を意識せず、書き手が歴史ロマンに浸かりながらその表現に酔っているだけのようにさえ思えます。(書かれてる方ごめんなさい)

せっかく興味を持って読み始めても、このような文章ではその興味のモチベーションも落ちてしまうでしょう。

また、きちんと歴史を伝えたい方にとっては、「どう評価するか、どう伝えるか」で歴史論が分かれることだと思われますが、それは「平将門って何?」という知識を吸収したい方にとってそんな論争はどうでもよく、ごくごく一般的な知識をまず与えて欲しいのが本音です。
しかし、「え、そんなことも知らないの?」という言葉でそのような質問さえしにくくなってしまうのが現実かもしれません。 かくいう私もその一人です。

ちょっと話は変わるんですが、
学生当時「日本人なら日本の歴史を知っていて当然だ」という言葉にかなり反発したのを覚えています。

地球人なら地球(地学)のことを知っていて当然だ。
東京都人なら東京の歴史を知っていて当然だ。
という論理と同じことですしね。

○○だから当然だ という言葉では知識欲が深まるわけがありません。
知っていて当然と思うことも、何度も何度も分かりやすく伝えようする努力、それこそ歴史を伝えることで一番重要なことかと思われるのですが、それが学習としての日本史と、日本人のアイデンティティーとして歴史を知ることがごっちゃになってる気がします。

日本人なんだから、日本人のアイデンティティーを持つべき。それには歴史を知る必要がある。

私もこの年齢になれば、歴史を知る理由がそういうところにあることがやっと理解できそうです。
しかし、今でも勉強の苦手な学生が「日本人なら日本の歴史を知っていて当然だ」として知識を詰め込まれてると思うと可哀想ですね。

私も表現に関わる人間として、「○○だから知ってて当然」という気持ちが出ないよう「いかなるときも読み手を意識する」よう自分を律したいと感じました。
(最後までお読み頂きありがとうございました)
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O.W.ガレージ 大木貴博
Author: O.W.ガレージ 大木貴博
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